idahiroyuki   イダヒロユキ HP

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HP :D VについてのHP [1] 


HP :伊田の過去に書いたもの (主に、いまネットで見れないものを中心に)[5]

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イダヒロユキの情報、書いたもの、著作などの紹介

このHPの目次

 
●ホーム (ページ1) 
プロフィール /活動 /講演テーマ /思想的スタンス全般 /各論スタンス

●伊田各論概略(ページ2)
主流秩序論関係/労働・貧困・労働関係/フェミニズム―シングル単位―ダイバーシティ系(スピリチュアリティ)/DVと虐待/政治・戦争・社会運動/その他/映画ドラマ/著書/編著/論文など

●過去に書いたもの(1) (ページ3)
DVと虐待/美の秩序/スピリチュアル・シングル宣言/生き方・主流秩序を前にしてたたずむ/シングル単位論/ジェンダー概念について/宗教関係/目に見えにくいものを大事にする/LPCエッセー
 
●過去に書いたもの(2)(ページ4)
作品評/スピリチュアリティ/フェミニズム/シングル単位・スピシン主義/政治実践・運動/スピシン主義の思想的位置 
 
●過去に書いたもの(3)(ページ5)
微細な感覚/主流秩序・生き方/DV・虐待/労働関係/ナショナリズム・日本軍慰安婦/メディア関係/ロシアのウクライナ侵攻について



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伊田 広行プロフィール
立命館大学、大阪経済大学、愛知淑徳大学等 非常勤講師。
大学でジェンダー論等を担当するかたわら、各地でDV/デートDV(ストーカー)防止教育をしている。また、大阪でDV加害者教育プログラム(NOVO)を運営している。その他にDV相談員向けなどの各種研修・講座、自殺相談、労働相談、貧困相談、男性相談などを行っている。

シングル単位思考、脱主流秩序の生きかたを唱える。北欧の個人単位型社会民主主義を目指す論者。
社会の制度や意識を家族単位(カップル単位、世帯単位)でなく、個人を単位としたものに設計しなおすべきだとし、恋人や夫婦、家族を「自分と一体のもの」とするのでなく、自立した「他者」だと尊重する「シングル単位論」を1990年から提唱している。その後、スピリチュアル・シングル主義、主流秩序論などと、その主張を発展的に展開している。
辻元清美の支援団体「つじもとネット」元代表。1986年から1988年まで中東経済研究所・エジプト事務所勤務。1992年大阪市立大学大学院経済学専攻中退、1993年大阪経済大学経済学部専任講師、1996年助教授、1998年スウェーデンストックホルム大学にて在外研究、2005年大学を退職。以降、立命館大学大学院非常勤講師。DV加害者更生プログラムNOVO主催者。「DVと虐待」の問題に対する解決策を2020年に提起。 

活動

2007年から関西非正規等労働組合(ユニオンぼちぼち)の組合員となって活動している。 
大学でジェンダー論等を担当するかたわら、各地でDV/デートDV(ストーカー)防止教育をしている。また、大阪でDV加害者教育プログラム(NOVO)を運営している。その他にDV相談員向けなどの各種研修・講座、自殺相談、労働相談、貧困相談、男性相談などを行っている。 
大学・大学院では労働経済学・社会政策を中心に研究活動。赤色労働組合主義批判や日本的経営の批判的研究を「労働の人間化」管理’QWL)の視点から研究。労働者のやる気などを搾取するシステムに対抗する労働運動を熊沢誠や吉村励の理論などを手掛かりに模索した。
その後フェミニズムと結び付けての女性労働論、家事労働論、マルクス主義フェミニズムなどを竹中恵美子らとともに研究。その結果から1980年代後半にシングル単位論としてまとめていく。 
1990年代は、関西の個人加盟ユニオンの人たちとの活動や、特に個人加盟型ユニオンの女性たちと活動を共にし、現場から多くを学んだ。 
1996年、全国の個人加盟ユニオンの女性組合員たちとILOに調査訪問した。その記録が『パートのおばさん ILOに行くーーパートナー175 ILO訪問団報告集』1997年5月 。 伊田はその中で「ILOパートタイム条約――ILOでのききとり」を担当 

2005年11月3日、LGBTQのひとなど35名程度の参加者とともに「大峰山に登ろうプロジェクト」を実施。女人禁制を貫いている大峰山の登山口で、地元の代表者らに抗議活動を行おうとした。しかし代表者らが議論に応じず「登らないでください」と言い残してその場を去ったため、参加者もその場を引き揚げた。
一部個人的に登山した人がいたが伊田は登っていない。あらかじめ大峰山の関係者に送った「質問書」の内容は、性的マイノリティの人がいることなども含め、性差別ではないかと問いかけ、回答を求めたものであった。
「大峰山に登ろう 実行委員会」 HP [5]
質問書の説明 [6]

 1990年代から2000年代前半にかけて、市町の女性問題・男女共同参画懇話会などの委員。

1990-92年あたりを中心に、「確信犯?シングルの会」で活動。
また一方で、“人間と性” 教育研究協議会(性教)のひとたちとも交流し、性教育についても学んだ。 
その他、女性学会幹事、NPO法人SEAN理事、QWRC関連、自殺防止センター、よりそいホットライン関連、スピリチュアルケア関連、中東経済研究所、障がい者介護、研究会・職場の人権、議員応援、AIBOなどの活動歴もある。 

最近の講演テーマなど

● 主流秩序に依存しない生き方 〜自分への視点を見つめなおす〜 
●デートDVについて学ぼう(中学生向け、高校生向け、大学生向け、支援学校向け、教職員向け、PTA向け)
● お互いの心と体を大切にしよう ~デートDVについての学び~

● DV加害者プログラム体験ワークショップ 

●「家族」に囚われない家族のありかた 

ー個人として大切にされる"目からウロコ"の社会を考えようー
●  相談員スキルアップ研修:「暴力が発生する場としての家族システム~多様なケースをどう支援するか~」
●ジェンダーカフェ: 「ひとりぼっちではないシングル単位の生き方 
● ジェンダー主流化とは何か :労働におけるジェンダー平等 

DVとモラハラ 
●男性中心の組織を見直す:パワハラと組織運営、ジェンダー観点
● DVと児童虐待~ジェンダー視点から見た予防学 ~ 
● 女性相談員研修:「デートDV、ストーカー 被害について」 

● どこにも書いていない『DV理解アップの7つ道具』~ 見抜き方、DVにならない考え方とコミュニケーションのコツなどを学ぶ~」 
●座談会 「男性とジェンダー」 
● ひとり親のためのライフアップセミナー  「思春期の子どもの性教育、悩んでいませんか?」 
● 「更生の意思のある加害者ニーズを踏まえた加害者更生の取組手法」 
● 「コロナ禍の今、誰もがDV当事者になる!?~大切な人を被害者・加害者にさせないために~」 
● 「DV予防講座 DVが疑われる家族、加害者・被害者への対処方法 

及び 被害者・加害者 両者の権利擁護について」 
● 家事調停委員の資質向上のための研修 
● 「DVと虐待ーー――少しのSOSに気づくには」 
● デートDVとストーカーの被害を学ぶ
● DV加害者教育プログラムについて ~被害者支援の視点から~:ともだちがDV被害にあっているかも

● デートDVとは? …相談や質問・反応があった時の対応を考える」 





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  伊 田広行の思想的スタンス・全般  


伊田のスタンスを最も凝縮して示すものは、主流秩序論(脱主流秩序の社会を目ざす多様性社会スタンス)である。その前提としてスピリチュアル・シングル主義論、個人単位型の社民主義論を唱えるスタンスがある。左翼、フェミニスト、環境保護・スロー系、反戦争、反原発などのスタンスももっている。 
その背景には、以下の様々な思想・考えの交差・複合体として伊田のスタンスが形成されているという実態がある。 
人間には闇の部分、悪意や差別や妬みなどの部分があることを認めつつも、きれいな心があること、それに基づいて生きている人がいることも重視する。したがって「きれいな心や理想や正義や民主主義・平和・非暴力・平等・人権」などを信じられない人が、「建前だ」「きれいごとだ」と言って思考停止して、主流秩序に従属している様(さま)に反対する。

 

主流秩序は「幻想」  

学生の頃「神・国家・資本(金・貨幣)が幻想」(物神性)や「マルクス主義的な国家論」「帝国主義論」「金融資本論」などを学び、そこから「対幻想」「共同幻想」「すべては幻想である」など、関連項目も学び、近代国家論など学べば、ネーションの幻想性も確認できた。近代そのものの限界性を自覚するのがポストモダン的な視点だった。一方で福祉国家論等現実的な落としどころも考えてきて北欧型社民主義に重要性も考えてきた。 不ミニズムも学び、華族への幻想、暴力の問題、色々繋がった。

そういう積み重ねの中で、今の日本でナショナリズムや自己責任論などが抵抗なく受け入れられるという「おかしくなっている感覚」に切り込み、根元的に考えてもらう装置として、「主流秩序論」を提唱してきた。この切り口で総合的な説明を試みてきた。 

それを一言でいうなら、幻想は、神や国家や金だけでなく、多くの人が信じ込んでいる価値の全体、そこにある幸せとか目標とか良いこと/よくないことといったことである主流秩序というもの自体が幻想だということである。 

あまりに国家や金や宗教、愛国心、承認欲求、美しくなりたい、結婚しないといけない、人生の目標など、考えないで従属し、メディアに煽られる人が多い状況で、過去の議論も含みこんで、広く主流秩序論を身に着ける意義は大きいと考えている。 

「絶対的にある」「それしかない」と強固に信じ、疑問を持たず、相対化もしなかった人々が、すこし離れて見つめる、相対化する。それは作られたものであり、変化しうるものであり、幻想であると。認識変更メガネをかけて「主流秩序」がみえるようになって観察してこそ、その幻想からの脱却の道が見えてくる。主流秩序の枠から離れている人や考えがいろいろあると学ぶ。 

その結果、主流秩序に囚われなくなった人が、色々なあり方や生き方で存在できる。そうした全体の感覚がわかるのが「ダーバ―シティ(多様性)」であるというような多様性理解が、伊田の視点である。 


 
マルクス主義、社会主義論を学びその影響を受ける。小野義彦、森信成、向坂逸郎などのマルクス経済学・哲学・思想などの影響もうける。講座派より労農派のほうに理を見る。自己増殖する価値である資本が主体となって人間が軽視される社会に反対。価値増殖するシステムの歯車になっていく人々のありようを根本から考え直しなおしていく大きな思考の枠組みは、最近の新しいマルクス研究、人新世の議論を含めて、今でも有用な面があると考える。
 
大学では障害者解放研究会や社会科学研究会所属。大阪の青い芝メンバーの介護に入る。それもあって優生思想に反対。高齢者、障がい者などが生きやすい社会になるのがいいという考え。「社会に貢献しない者は存在しない方がいい」という考えに反対。その観点から、税などの負担でも、高負担を皆が受け入れて高福祉社会にして支え合うこと(連帯)に賛成。「市場に任せることを基本として、小さな政府論、個人の自己責任論、福祉縮小をよしとするような系統の考え方」に反対。
 
右翼と左翼の枠では大枠「左翼」である。ここでいう「右翼」とは、古い社会からの強者(国王や天皇や貴族、金持ち、資本家階級、主流秩序の上位者など)の特権を擁護する勢力、「左翼」は、そうした身分制や権力の上下に反対し、国民全員の権利の平等を目指す勢力というような意味である。もちろん左翼にも右翼にも様々な質があるので、尊敬できる右翼思想家もいれば左翼の思想や運動や活動家に賛成できないところもある。しかし左翼もダメといって立場を示すことから逃げているような形で主流秩序に自分はピッタリ従属しているような人の生き方を嫌う。
保守と革新の枠では革新側(改革系)であるが、群衆の熱狂の危険性などを意識するし、何でも改革すればいいのではなく、過去から続いてきたものの中にはいいものもあるので、保守主義の良質的な部分には賛成。
 
観念論を批判する唯物論的の立場。非科学よりも科学的・合理的なことを重視するスタンス。
しかし近代合理主義の枠の限界も認識するので、近代合理主義の枠を超えての直感や感性・感情・自然を重視し、自己拡張意識を地球レベル・歴史レベルに大きくする傾向に賛成する点などでスピリチュアリティも重視するスタンス。「モノの所有が多い方が豊か」ととらえるような物質主義を批判する。
近代医学の尊重とともに、その限界も意識し、東洋医学やスピリチュアル・ケアも重視する。
スピリチュアリティの感覚については、本HPの映画評など、特に「あなたになら言える秘密のこと」についてのエッセイに示している。
 
宗教に対しては、大きくは特定宗教を信仰しない無神論者の立場。だが宗教の現実的な世界や個人へのよい貢献を認めるし、それを尊重する。またガンジーやキング牧師やダライラマやティクナットハンなど優れた宗教者の姿勢と考えを尊重する。友人知人でも特定宗教を信仰している人で素晴らしい人がいる経験を多く持っている。しかし、他方で多くの宗教教団や宗教者の堕落、権力や主流秩序への加担性、非合理主義、ひどい政治での宗教利用主義などをみて、それらを批判する。したがって伊田自身は無神論者で特定宗教は信仰していないが、宗教の良質部分や自己拡張意識としてのスピリチュアリティ感覚は尊重する立場。本HPの中にも、宗教関係の小文を掲載しているので参照のこと。
 
カウンセリングにおいても、個人の意識だけの枠にとどまるかかわり(事実上社会構造に適応するような方向への誘導)には限界があると考えて批判的。ロジャース的な枠が有効なケースもあるが、多くの個人の苦しみには社会構造や具体的な他者の加害性などもかかわっている場合が多いので、狭い心理学や精神治療やカウンセリング論を超えて、積極的に現実社会の問題からの苦しみに対しての唯物論的な対応を含め、社会構造と心理を総合的にとらえる立場。そのうえでのかかわり方として広義の相談や対話(オープンダイアローグ的感覚)を重視(関連:「精神科医・森川すいめいさんの話を聞いて」 [1]) 。寄り添いホットラインのような、「気持ちの傾聴に加えて、具体的な社会資源へのつなぎ、実際的支援も重視する相談スタイル」に賛成。 

男性相談でも、狭義の傾聴のみ心理主義を批判し、現実社会のサポート資源を利用できる能力を高めること、たとえば労働関係なら個人加盟ユニオンなどの資源を使う方法の重要性も分かったうえでの相談が大事と考える。労働運動・労働組合の視点、ジェンダー視点、フェミニズム、LGBTQ+の運動、クイアスタディーズ、DV加害者プログラムなどを踏まえて総合的な具体的支援がともなう相談であることが有効という立場。 

近代主義には隠された前提や無根拠があるので、近代主義を批判的に再検討する点には賛成するが、しかしなんでも相対化するだけのポストモダン的な言説には批判的。 
Aもだめだが Bもだめと批判する中立主義、客観主義を批判する立場。現実の中でましな具体策を選択していくべきなので、現実の運動や政治の実践性を重視。どんな社会運動にも問題や限界はあるがそれを上から目線で批判する書斎主義・学者的な傍観者主義を批判。例えば伊田はフェミニストを自称する一方、フェミニズム/ジェンダーへのバックラッシュの中、ジェンダーフリー概念も守るべきというスタンス。したがって[ジェンダーフリー概念やそれを使った草の根運動]を批判した上野千鶴子などのスタンスを批判する立場。 またフェミに限らず、仲間以外に過剰に攻撃的になるような一面性にも反対。

個人の自由(や安全や自信・自己肯定感・成長)を重視するが、リバタリアンには反対し、市場原理重視、新自由主義などにも強く反対する。 
選挙の質が問題である(選挙がメディアなども使って大衆をコントロールする側面)など、民主主義にも限界があると認識しているが、大きくは民主主義的な枠が現段階ではましであるし他にないと考えている。したがって人権をできるだけ重視する民主主義的なシステムとして社会民主主義的なあり方を選択する。具体的に社会制度の設計としては、北欧型の高福祉高負担の個人単位型社会民主主義が一番ましと考える。日本社会もそうなればいいと考えているが、その道が厳しいと思っている。 
グローバリゼーションのマイナス点を意識し、地産地消などローカルからのスローな生活スタイルを重視。反原発。 

メディアが大きな影響を持っているし、素晴らしいジャーナリストも、社会によい影響を与えるドラマ、映画、ドキュメンタリー、漫画、音楽、小説、娯楽番組などもあるとは思っているが、現在の社会(主流秩序)においてむしろ多くのメディア、特に大手メディアは主流秩序への加担性が大きいと認識し、権力のチェックの面が弱くなっていると考えている。結論的には、多くのメディアを批判する立場。 


個人の上に組織や共同体を置くという共同体主義・全体主義の危険性を認識し、個人の自由や自己決定が集まってこその組織・共同体であるべきとする、共同体の上に個人を置くスタンス(シングル単位的スタンス)が良いと考える。 
家族の仲がいいとか、平等・非暴力のカップル(パートナー関係)があることが望ましいと考えると同時に、家族やパートナー関係の現実を踏まえて、それが必ずしもいいものとは限らないと認識する。家族の中に支配(暴力、虐待)があることがある。みなが素敵な家族をもっているわけではないのが現実である。アセクシャル系の人もいるし、モテないひとも、出会いがない人も、その他さまざまな状況の人がいるので、したがって、「パートナーや家族がいること、それがいいものであること」を前提としないで、個人を社会の基本単位とする社会(シングル単位社会)にすることが良いと考えている。 
その前提には、近代家族の諸特性が家族単位システムというまとめ方でとらえらえるので、その近代家族を規範として押し付ける状況を変革して多様な家族や生き方が尊重される方向を目指すということであり、その時の中核的思想が「家族単位からシングル単位へ」であるという考え。 

パートナーや家族があろうとなかろうと、性指向や性自認などがどうあろうと、ジェンダー秩序の上位であろうと下位であろうと、平等になる社会。それがジェンダー秩序のマイナスを減らす具体的イメージ。したがって北欧型の社会民主主義を支持するとともに、「主流秩序の上位になるような生き方をし、ジェンダー秩序の上位を目指すような生活をしている人」(フェミニストと言っている人を含む)を批判する立場。例えば、フェミニストで結婚している人がいてもいいと考えるが、結婚していることを公表したり自慢するような、ジェンダー秩序への加担に無自覚であることには批判的。エリート女性、勝ち組女性のフェミでなく、主流秩序の下位に寄り添うフェミを目指す。 

伊田はアナーキズムの思想に共感する部分が多い。ここでのアナーキズムの意味は、主流秩序的な権力の配置に反対して、主流秩序的価値観を根底から批判し、個人の自由を重視するようなもの。現実的には社会民主主義がいいと思っているので、完全な無政府主義ではなく、今の主流秩序に対して抵抗して解体していく方向に共感するという意味でアナーキスト的な立場。 
ネット上によくある、匿名での他者攻撃、差別、罵倒・誹謗中傷に反対。「ネトウヨ」的な人が中国、韓国、北朝鮮などへのヘイト的な言説をまき散らすことに反対。強い規制に賛成。「パヨク」などという言い方で左翼を批判することに反対。 

好きだなと思う感覚: 
レベッカ・ソルニット、

 アーシュラ・K・ル=グウィン 

宮地尚子、山田太一、茨木のり子、
「緑豆の花」、『あなたになら言える秘密のこと』, ガタロさん 、
本田哲郎 、「マイディアミスターわたしのおじさん」、中島みゆき「誕生」
***

ジェニー・ホルツァー、バンクシー、フンデルト・バッサー、
小島慶子、「絡新婦の理」(じょろうぐものことわり)、ラブ・サイケデリコ

マーク・ロスコー 







イダヒロの各論的スタンス

 

性的権利、及びリプロダクティブ・ヘルス・ライツに賛成。 
LGBTIQ+の人権についてその擁護の運動と思想に賛成。 
日本及び国際的なジェンダー平等に対するバックラッシュに反対 
日本国内で、バックラッシュの中、一部フェミニスト(上野千鶴子氏や 山口智美氏など)がジェンダーフリー概念や運動を批判したことに反対。これに関しては、ジェンダー攻撃(バックラッシュ)があった頃のことをまとめた2007年の拙稿「『ジェンダー概念の整理』の進展と課題」(大阪経済大学『人間科学研究』第1号、2007年 を参照のこと(https://henoru-ida.amebaownd.com/ )

ジェンダーもジェンダーフリーも性教育にも賛成 そこを攻撃するバックラッシュに反対。 
宮台真司や上野千鶴子などの主張の中には反対する面もあるが、日本社会において、相対的に影響力ある、右翼化の中で相対的にまともな言説を言う人として評価する面もある。 
イスタンブール条約(女性に対する暴力及びDVを予防し闘う欧州評議会条約)のスタンスに基本的に賛成 
「ジェンダー・イデオロギー」というものを作り上げそれに敵対すると称する国際的な「反ジェンダー運動」に、反対する立場をとる 
「女性/母親」と「男性/父親」があってそれが結合したカップル(家族)を社会の基本とする考えに反対し、多様な家族や生き方あり、個人単位の社会にすることが平等に皆が共存するうえで大事と考える。そうしたシングル単位化がダイバーシティ社会には必要と考える。これは決して家族の否定ではなく、多様な個人の権利が尊重された家族のあり方の追及(一人世帯含む)という姿勢である。 
従来のジェンダー意識を前提として異性愛・カップル単位を基本・標準とするジェンダー秩序を解体(揺るがす)して、多様な性のあり方が平等に共存できる方向を求める。 
子どもの福利条約に賛成。子供も、親(家族、家系)の所有物でなく、個人ととらえて、対等な人として尊重すると同時に、社会は、その子どもの権利を保障する責任があると考える。 
右翼ポピュリストに反対。 
反フェミニスト運動に反対 
地球上の社会システムとしては、新自由主義に反対し、北欧などの社会民主主義が一番ましと考える立場。日本も、増税ととともに、透明性と公平性を高めて、個人単位化の思想をベースに社民主義的に諸改革・制度の根本改革を進めることが良いと考えている。 
赤字国債を大量に発行し続け日本の財政赤字を拡大し続けることに反対。GDP拡大を目指す旧来の経済政策に反対。 
レイシズム、反ユダヤ主義に反対。米国ファースト、日本ファーストなど、自国第一主義に反対。 
、ホモフォビア、トランスフォビア、ミソジニーに反対。 
右翼的ナショナリズム、民族主義、ヘイトクライムに反対。 
右翼的ポピュリズムと結びついた「反エリート主義」に反対。 
極右集団、ポピュリスト政党、キリスト教原理主義、ブルジョア保守主義、ネオリべなどに反対。 
同性婚の導入に賛成。しかし将来は結婚制度自体の解体の方向を目指す。 
中絶の権利に賛成。 
性教育に賛成 
ジェンダー平等に向けて、積極的な差別是正策、クオータ制などを導入することに賛成 
性の多様性の正しい理解、LGBTQ+の権利に対する教育に賛成。 
ヘイトなど、不寛容(イントレランス)の傾向に反対。多様性を認め合う社会に賛成。しかしその多様性は、「差別する自由」を容認するものではない。多様性の理解の誤りを正す教育が必要と考えている。